セカンドハーベスト名古屋

NPO法人セカンドハーベスト名古屋のブログ。食べられるのに廃棄される食品を必要な方に届ける「フードバンク」の活動をしています。

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

内緒の話

明日、28日 中京テレビの夕方のニュース番組 「EVERY」の取材があります。

市場から頂いた野菜を分配しているところからの取材。

5月に入るとNHKのあさの番組 「おはよう東海」の出演も決まりました。


二つとも放送日が決まればお知らせしますが、どちらも震災前に取材し、

放送される予定でした。
スポンサーサイト

報告 NO5

4月25日  今日は朝から天気もよく、ひたすら名古屋に向かうだけです。

9時00分 仙台宮城インターに入りました、来る時は夜なので景色を楽しむ事が

できなかったが、蔵王、浅間山山頂の雪、日本の田園風景、桜が各地で満開、新緑の山々、

等々今回のルートは山の中腹を走る高速なので、本当に景色は抜群です。

穂高連邦、諏訪湖、南アルプス、快適なドライヴを楽しみながら,

車内ではお二人の信者さんからキリスト教について貴重なな講義も受けさせて

いただきました。

18時25分 ついに春日井インターに到着 12800円 (今日は月曜日です)

ここまでの走行距離 1590キロなので事務所までには1600キロ突破 スゴイ

沢山の収穫を持って無事に帰ることができてヨカッタ、ヨカッタ。

 おじさんパワー、バンザイ、バンザイ。

以上で報告終わります。最後までお付き合いありがとうございました。

報告 NO4

最終日の夜、高橋さんとの打ち合わせは「フードバンク東北」の説明から始まりました。

要約すると、順調に活動の幅が広がってきたが、震災で全てが壊れ、主要なメンバーも

自分の周りの事で手一杯、ボランティア活動をする余裕が無い。

今は高橋さん一人で活動しているが、NPOワンファミリー仙台というホームレスの

自立支援のグループや2HJのメンバー、各地のNPOのメンバーと被災地救援という

キーワードで密接に繋がり、ワンファミリー仙台の事務所を拠点として、スキルを

持った人たち(若者)が集まってきている。


彼の年齢は20代後半、行政とNPOを取り持つ関係の仕事をする職員、本来の仕事と

フードバンクの活動、被災地支援の活動は重なる部分が多い。

事前に2HNとしての計画は伝えてありましたのでその事についてはこちらの意向に

そうように今から動きたい、全国のフードバンクが2HNをモデルにして動いて

くれるように行動したい、と言ってくれました。


私の印象は思ったより若者でしたが、話すうちに信頼感が持てて、彼のような人物が

ITを駆使して居ながらにして日本中、世界中にネットワークを築き短期間で物凄い力を

発揮する力を持っている感じがしました。


避難所にはプライバシーがない代わりに皆が見守りあって生活している。

仮設住宅にはプライバシーがあるが、孤独な人には他人の目が向かない。

阪神、中越で仮設住宅引っ越し後 「孤独死」という大きな問題にぶつかっており

沢山のノウハウを得てきている。


2HNの目的は 我々の規模に見合う仮設住宅の集まりを現地で管理できるキーパーソン、

NPOを高橋さん見つけていただき、投げたボールを確実に受け止める仕組みを作り

反対に相手からもボールが投げ返せる関係を持ち、キャチボールができたら最高。


今回の経験は3人の今後の行動に物凄い影響を与えることでしょう。

現場に行き、現物を見て(今回は人と会って)、現実を知る、そして行動する

これで全てのミッションが無事に終わりました。

お疲れ様でした。   おやすみなさい

報告 NO3

昨日泊まったホテルは角田市で今稼動している唯一のホテルなので、各地からの復興支援の

技術者が多く、駐車場のナンバーも福岡、札幌、多摩、など色々でした。


さて、角田市から仙台へおよそ1時間の移動ですが、目にする景色は日常と変わりなく

「震災は何処なの?」という感じです。ただ、途中のボーリング場に遺体安置所の看板が

出ていました。


本日、予定に無い(私だけ)事があり、4月24日は「キリストの復活の日」で信者さんにとっては

とても大切な日と、いうことで仙台の教会へ行きました。

全ての行事が私にとって初体験で興味深いものでしたが、何んと言っても700人くらいの

信者さんが集まっていることにビックリしました。


次に訪問したのは「オタワ愛徳修道女会」です。


ここは震災後「ベビーフードが足らない」というSOSが2HNの会員に届き、キューピーさんの

ご協力で商品を集め、会員が他の物資とともに、この修道女に送り届けたという経緯です。


昨日の「聖母の家」同様、何もわからない状態で訪ねたわけですが、偶然知り合いの

シスターがいた事で、突然の訪問にも関わらず昼食をご馳走になり、食事をしながら

色々お話を聞くことができました。

施設内を見せていただきましたが、部屋ごとに救援物資が整理され、必要な人が自由に

持っていけるように立ち会うこともしないそうです。


6人のシスターがみえましたが、皆さん今回のような救援活動は初めてなので

戸惑うばかり。

でも、「私たちも被害者なのですよ」と言われた時は、震災から今日までの

彼女たちのご苦労に少しふれた気がしました。


次は、今回の最大のミッションである今後の支援活動「FOOD DRIVE」構築の

キーパーソンとなるフードバンク東北の高橋氏にお会いする為に

若林区災害ボランティアセンターを訪問しました。

彼は今日このボラセンで活動しており今夜の打ち合わせの確認をして、被災地情報を

入手して別れました。

次に我々は 被災現場である荒畑地区へと向かい、わずか15分くらいで昨日以上の

信じられない光景が、何度もTVで見たあの車がいたる所でぐしゃぐしゃになり

一面がえぐり取られた風景海岸まで車で行けたので行ってみると、今度は

信じられないくらい瓦礫が無く、きれいな砂浜が続いている、みんな津波がきれいに

持っていってしまった、人間までも。

荒畑小学校の無残な姿、3人とも無言、誰も表現に値する言葉が見つからない。



ここでも 「生と死の境界線」というフレーズが出てきました。


そして次に訪問した所は、この荒畑地区の人々が避難している現場、六郷中学校。

体育館と武道場に別れて避難されており、体育館の方に入りましたが支援物資が

大量に保管されており、ここには今70人の人が生活を共にしているそうです。

一部の避難所で行っているプライバシー保護のための仕切るスペースなど

全く無く、一杯という感じでした。一刻も早くここから開放してあげたい、

そんな気持ちなっている所へ、自衛隊の炊き出しは今日で終わり、明日から

3食弁当になるとおじさんから聞き、ビックリ、仮設住宅の目途も経たず、

いつまでこの生活を続ければいいのか目標が無ければ頑張りようも無く、

震災から今日までの45日という時間の経過、我慢も限界だと思いました。


この次は高橋氏とのミーティングの報告をします。

報告 NO2

皆さんの思いのこもった物資を、使命感に燃え滾っている おじさん3人を乗せた

ハイエースは17時 春日井インターのETCをくぐり一路 東北へ向かいました。

東名から中央道に入り、長野道、上信越道、関越道、北関東道、東北自動車道とひたすら走り

〈途中休憩、仮眠はもちろんしっかり取りました)

4月23日 6時45分 白石インターのETCを出たら 料金表示が1000円でした。

走行距離 680キロ、それで1000円、休日特別割引バンザイ

さらに車は角田市に入り、さらに被災が大きかった亘理町、山元町へ向かいました。

 亘理町(死者250人、不明37人)、 山元町 (死者620人、不明168人)

名古屋から海岸にお供えするために お花を用意してきましたが通行制限があり

海岸にいけません。

暫くあたりを回りましたが、3人とも言葉が出ず、ただただ、呆然と、目の前の現実を受け止め

自分の脳裏にしっかりと焼きつけ、忘れてはいけないし、忘れられるわけがないと思いました。

3人が感じたことは、「 生と死の境界線 」。 惨すぎる。



気持ちを切り替えて 角田市の 特別養護老人ホーム 「聖母の家」に向かいました。



「 聖母の家 」と 2HNとの関係について

震災直後、聖母の家に 2HNと関係がある教会のシスター3人が突然来られて、

介護のお手伝いをされながら、食糧不足を何とかしようと名古屋の教会を通じて

2HNにSOSを出した。

それを受けた2HNはあらゆる手段で目先必要な水、野菜、米などの食料を確保しました。

次の問題は輸送手段、混乱しているライフラインの中で確実に届き、しかも緊急で送る

方法は。

その時協力いただいたのが 「AJU自立の家」という団体です。(2HNの仲間)

翌日出発で介護士と必要な物資を運ぶ準備が終わっていた所でしたが、2HNの願いを

受け入れて下さり、ダンボール箱10個近くの荷物を降ろして、代わりに2HNの物資を

積み込んでくれました。

このような奇跡のリレーが行われ、シスターが現れてから3日後に聖母の家の玄関に

大量に食品が詰まったダンボール箱が届きました。

何も知らない理事長、職員さんはこの時「神様からの贈り物」だと思われたそうです。


以上のような経過で関係ができた 「聖母の家」とはどのようなとこなのか

どんな人が運営しているのか、今はどんな状況なのかなど沢山の疑問を抱えながら

訪問しました。


荒理事長が土地、私財を提供して、20年前に建てたもので、今回の震災で比較的被害の

少ない ここに20人ほどの介護が必要なご老人を受け入れており現在70人在籍。

2HNの事、今回どのような経過で物資が届いたのか、など双方が理解するいい機会と

なりました。

この時「神様からの贈り物」の謎解きができ、荒 理事長は大変感激されていました。

リクエストされた食料をお渡しして(全体の半分くらい)聖母の家を後にしました。

私の感想ですが、職員の若さに驚きました。(今回お会いした人20代の人ばかり)


その後、角田市のボランティアセンターを訪問。

駐車場にテントがいっぱい張ってあり、ボランティアの居住地となっていました。

センターの中では数人の若者が泥で汚れた写真をきれいにする作業をしている

姿がありました。

センターの反対側の広場では仮設住宅の建設が急ピッチで進められており、

午前中に同じ所を通りましたが数時間ではっきりと進行具合がわかりました。


角田市での予定は終了、明日は早朝仙台に向かいます。

ここまで読んでいただきありがとうございます。   おやすみなさい

被災地から帰ってきましたので報告します。 NO1

被災直後に「食料がない」というSOSを直接受け、救援物資を2HNから直送した2箇所の
施設の現実を見る

今後計画している、「FOOD DRIVE」を具体化するために、 

 1)どこに支援することができるのか

 2)そのためのキーマンは誰になるのか、現地の何処、誰、どんなNPOがベターなのか

 3)我々の計画は現地で受け入れられることなのか、もっと他の方法はないのか


こんな宿題を描きながら出発の準備を18日から始め、訪問する施設から依頼された、豚肉、

鶏肉、ハムソーセージ、砂糖、野菜一連、おかずになる缶詰、果物、お菓子、お米、

ベビーフード、介護食事、聖霊幼稚園から委託された救援物資一連、2HNの会員が持ち寄った

食品などなどを、いつも熱い応援をしていただいているY様からお借りしたハイエースに

満タン詰め込み、本岡、山本、山田の3人で4月22日 16時 事務所で寺澤さん〈事務員)から

栄養補給のビタミン1瓶差し入れを受けて出発しました。

仮設住宅入居に向けてのFOOD DRIVE計画

事業計画書

1、 震災被災地の家庭に食品を贈るFOOD DRIVE計画
  (被災者の人達と苦労をわけあう心を大切に!)

〔FOOD DRIVE?〕

 自分達の家庭で眠っている食品や節約した食品を持ち寄ってカンパする運動。

〔背景〕

 震災被災地への緊急食糧支援は一段落した観があるが、家を失くした方、失業した方への
食料支援の必要は少しも減っていない。むしろ、普通の生活に戻った方への支援はますます重要になっている。そういう方へ生活必需品の食品を定期的に贈りたい。

〔計画の概要〕
① 仮設住宅入居者を対象に、1世帯に食品詰合せ箱(10kg)1箱を贈る。
② 年末までに同一世帯に2回送る。
③ 目標数500世帯。年間1000箱。

〔運動の流れ〕
① 学校、職場に呼び掛けてこの運動(FOOD DRIVE)参加を募る。
② 参加する組織・団体毎に目標(収集日)を定めて食品を集める。
③ 指定の段ボール箱に詰め合わせる作業を行い、2HNに搬入。
④ 2HNは、現地のフードバンク等と連絡を取り送付先を決めて送りだす。
⑤ 届けた先からは受領書と感想や今後の希望を聞き、次回以降の参考にする。
⑥ なお、呼び掛けに際しては中日新聞の協力を得る。
 
 送り先の500世帯とは来年以降も何らかの繋がり、交流を図り、双方が顔の見える
関係構築を願う。

今後の活動方針について

皆様すでにご承知の通り、我々2HNの主活動は、東海地方在住の生活困窮者に対する
食糧支援です。

HomeNext ≫

プロフィール

2HN

Author:2HN
2007年9月から活動を開始し、2009年1月に
NPO法人として設立。
東海地方最大のフードバンクとして、企業から
廃棄される食品の提供を受けて困っている方に
配布する活動を行っています。

問い合わせは 
FAX:052-982-6183
info@2h-nagoya.org 

環境フェスタ江南に参加します。
10月29日 10:00~16:00
  30日 10:00~15*30
すいとぴあ江南 (江南市草井町西200)

最近の記事

月別記事

助成表示

私たちの事業は、愛・地球博開催地域社会貢献活動基金(愛称:あいちモリコロ基金)の助成金を受けています。

ブログランキング


クリックお願いします♪

リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。